渡辺護映画講義レポート(第1回)(2004年)

さきごろ6月18日19日の二回、アテネフランセ文化センターにおいて「渡辺護映画講義」

がおこなわれた。その模様を紹介する。

一日目の18日は『秘 湯の町 夜のひとで』と『おんな地獄唄 尺八弁天』の、大和屋

竺脚本作が上映され渡辺監督によるトークショーがおこなわれた。(聞き手は井川耕一郎氏)

井川「僕の知人の映画監督で話しだしたら止まらない人間がふたりいて、一人は塩田明彦、

もう一人がここにお迎えしている渡辺護さんです。今日も二時間まえからアテネフランセに

はいっていたのですが、始まる前に話を聞かされちゃって、もうトークショーを充分やった

ような気もするのですが、実際はそうじゃないんで、やります」

渡辺「どうぞよろしく」

井川「たったいま、みなさんは『おんな地獄唄 尺八弁天』を見終わったばかりのところなんですが、

おそらく観ていてこれがピンク映画だっていうことを忘れて観ていたろうし、

予算300万円という条件下でつくられた映画であるなんて信じられないと思いますが、

渡辺さん、ほんとにこれ300万で撮ったのですか。予算オーバーなんてしなかったんですか」

渡辺「まあこれは三十何年か前の作品なんで、当時の300万は映画の現場でいうならいまの

3000万に匹敵するぐらいなんだけども、完全に赤字の映画でしたね。

まあしかし、ピンク映画の予算で撮れるような脚本じゃないんですよね。そんでもね大和屋ちゃんの

シナリオに惚れましてね、赤字覚悟でやりましたよ…」

客席に残る感銘の余韻消えやらぬなか、上映作品に即したトークが始まる。上映中には、『夜のひとで』の切々たるメロドラマの気配であったり、『尺八弁天』の修羅行を生きる女博徒の凛々しさであったりする、作品の存在感がスクリーンからせりだして観ていた我々を呑むかのようであった。

この日のテーマは、脚本家・大和屋竺、ということであり、よく言われるこの人物の発想のスケール、観念の大きさ、ということを証言するかのように渡辺護は大和屋竺の「むつかしさ」がしばしば「わからなかった」、や、いま観ると自分の演出にアラが見える、といったような話をするが、その韜晦よりもやはり、この二人のコラボレートのすばらしさがフィルムに焼き付いている。『尺八弁天』における、吉祥天の刺青を背負ったセイガク(学生くずれの隠語)と弁財天の刺青を背負ったおんな博徒加代の運命的な惹かれ合いのように、はたまたそのキャラクターたちから渡辺護が連想した「丹下左膳」に出てくる名刀、乾雲・坤竜のように、表面的な理解などをはるかに越えるところで互いに呼び合い惹きつけ合う運命をもって、渡辺護と大和屋竺は出会ったのではないか。

井川「東映の『緋牡丹博徒』なんかを意識したおんな侠客もの、ということなんだそうですが、

渡辺さんとしてはむしろヤクザ映画というより時代劇をやりたかったのだそうですね」

渡辺「ガキの頃からずっと映画観てきて、からだに染みついてるし憧れも持ってるのが時代劇の

世界なんだよね。だからそういう話はうちあわせの時に大和屋ちゃんとしましたよ、伊藤大輔、

山中貞雄、マキノ雅弘なんかの世界が好きでね。あとまあ背中に刺青をしょった女ヤクザがそんなに

偉いか、ということで『緋牡丹博徒』に対して疑問もあったしね。好きな男が出来ても肌を

見せられない女、というのはどんなだ、とね。一作目の『男ごろし 極悪弁天』があたったんで、

ソレッてんで二作目をつくることになったんだがそういうとき、よく作品のレベルがガクーッと

下がるじゃない、それを避けたくって、当時『裏切りの季節』を撮って世にでていた大和屋竺に

頼んだわけよ。彼の初監督作『裏切りの季節』を観たらミステリックでかっこよくて面白くってね、

相当の才能だと思った。…で、あがってきた脚本を見たらこれがまたいいホンなんだ…」

 

やくざの仁義の口上をはじめとしてちりばめられた数々の名台詞、登場人物それぞれがあるときは主役として在りうるような見せ場のある、大和屋脚本に、キャスト、スタッフ、皆が魅せられていたそうだ。役者たちが互いに演技を競うライバル心を発揮してか、互いに口をきかず、楽屋の雰囲気が変だったということも。「第一、俺がちがう。一番ノッてやってるんだから」とは渡辺監督の弁。

(続く)

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