渡辺護、監督第二作『紅壺』の頃を語る

(以下の文章は、mixiに書いた「渡辺護自伝的ドキュメンタリー制作日記」からの転載です(2012年8月21日))

第三部以後の準備作業として、渡辺さんの初期作品についての話をこれから数回に分けて載せることにする。
今回は、2作目の『紅壷』。

『紅壷』のフィルムはぴんくりんくの太田さんが所有しているのだが、このインタビューのときには見ていなかった。そのため、つっこんだ質問ができなかったのだが、残念である。

――『あばずれ』(65)のあと、すぐに二本目の話は来たんですか?

そうですね。

――それが『紅壷』ですか?

そう。そのあと(『あばずれ』のあと)、関(喜誉仁)さんが撮りましたね、『妾の子』を。それから、『紅壷』をやって……、だから、扇映画(『あばずれ』を制作したプロダクション)はばんばん契約とって、続けて積極的にやってましたよ。

注:関喜誉仁は渡辺さんが助監督でついたことのあるひと。『あばずれ』では、撮影の竹野治夫を連れてくるなど、スタッフ編成を行っている。

――その『妾の子』には、渡辺さんはかかわっているんですか。

かかわってない。現場は行きましたけどね。やっぱり、現場早いよ。それはもうプロだからね。
……ああ、そのとき、関さんが撮ってたのは『妾の子』じゃないですよ。アクションものかなんかで、刑事ものやったんだけど、あッ、『嬲る』だ。『嬲る』って題名でアクションをやった。見たんだけど、もうおぼえてない。

注:関喜誉仁は沖全吉という名で、二本のピンク映画を撮っている。1本目が『嬲る』(65)で、2本目が『妾の子』(65)。

(『嬲る』の現場で)こういうことあったんですよ。女が丸裸でさ、それをぱかぱか撮って、全部(映倫で)切られた。そりゃあ、ひどかったよ。だから、作品になんない。それで作品が失敗したってのがあるんですよ。
メジャーの監督には、自分の作品はヒットしなきゃいかん、ヒットしなきゃ干されるみたいな習慣が身についてんだね。だから、エロ映画だから、裸をばんばん撮って、からみもばんばん撮るわけ。
ところが、ラッシュ見て、「これ、映倫通るかな?」「通らない」と。バサバサ切られたんで、話の流れが悪くなっちゃった。結局、失敗作になっちゃったのかな。
『嬲る』の現場に行ったらね、撮影部よりも演出部の方が早いんですよ。比較すると、渡辺組は、演出部より撮影部の竹野さんの権限の方が大きいけどさ、関さんの組はマキノ調でさ(注:関喜誉仁はマキノ雅裕の助監督だった)、パッパッ早く撮るのが腕がいいっていうか、そういうのがあるんじゃないかな。それでキャメラマンの方が追っかける形でさ、関さんに、ダメだよ、それじゃ、もっと寄んなきゃ、引かなきゃ、なんて言われてた。キャメラの位置まで関さんが決めるんで、「追っかけられるからさ、早くしよう」って助手にさ、キャメラマンが言ってるのを見て、何だよ、こりゃ?と思った記憶があるね。

――『紅壷』はどういう話なんですか?

どういう話だっけな。『紅壷』は、やっぱり、吉田義昭(『あばずれ』の脚本)が書いたんですよ。
ちょっと昨日ね、思い出そうとしたんだけどね、細かいところが全部、分かんないんですよ。たしかね、インポの青年がいてね、それが純情で最後まで愛するんだけど……、インポとね、不良少女との話がメインになっていてね。
『あばずれ』のときのあの役……、チンピラの明(主人公を暴行する役)か。それをやった役者がまた出たんですよ。それ(黒木純一郎)がインポの役なんですよ。でも、何でインポの役にしたのか忘れちゃったなあ。
一番最初に汽車がバーッと走ってきて、上野駅から少女が出てきてね、アップにはいって、ガムなんか噛んでて、ぷっと吐き出したら、タイトルが出るってのを撮ったのはおぼえてるんだけど。
その子がね、真山ひとみって言ってね。そのあと、日活の『処女喪失』(65・監督:井田探)って映画で主役やってますけどね。いや、スターになれる子だったんですよ。あれよりよかったですよ、梓英子より(注:梓英子は大映に入る前、森美沙の名で小森白の『日本拷問刑罰史』(64)などに出演している)。うーん、きれいな子だったですよ。
脚本ができて、これをやるってことで事務所で話してるときに、女優はまだ決めてなかったんですよ、誰でやるか? 少女だから、また(『あばずれ』の主演の)飛鳥公子か。でも、なんかいい子を探したいってのがあって、そうしたとこに、やって来たんですよ。
『あばずれ』のときに、根岸でセットで借りた家がゴイチロウ一座(未確認。曽我廼家五一郎のことか?)の家で――、ゴイチロウってのは、藤山寛美の関西喜劇ってのがあるでしょ、あれと同系列のがあったんですよ。そのゴイチロウの息子がね、浅草のストリップなんかにかかわっていて、仕事ほしくてあいさつに来たんだよ。そのとき、連れてきた女の子がよくて、これはいけるわ、あの子を使おうってことになって口説いたのが、真山ひとみなんだよ。
若いでしょ、助監督なんかね。だから、みーんなね、真山ひとみに燃えちゃってね。真山ひとみ中心の撮影現場になっちゃったかな。そういうのってあるじゃない、可愛い子が出てると。可愛かずみのときは可愛かずみ中心になったし、東てる美のときもさ。そういうのってあるね、現場では。

――そうすると、『紅壷』は、真山ひとみ演じる女の子が東京に出てくると。で、東京で出てきてから、どういう展開になるんですか?

それがね、画は出てくるんだけどね、ドラマが思い出せない。
準備のときに真山ひとみのスチール写真がいるんで、新宿御苑で撮ったのはおぼえている……。写真のモデル、ファッションのモデル……、ファッションショーのシーンも撮った。そういう華やかな世界にね、(真山ひとみ演じる少女が)どういうふうに入っていったのか、そのドラマの出だしがよく思い出せないんですよ。
昨日、考えたんだけど、その子はいろいろと、金持ちのやつなんかとつきあいだして、男を食いものにして、のし上がっていくんですよ。スポンサーがついている先輩モデルの子に硫酸をかけられそうになったりして、逆にその先輩が落ちていくっていうのがあって……、ひとを踏み台にして、のしあがっていくみたいな映画なんですよ。ネタは『マノン・レスコー』――『情夫マノン』から、ちょっとヒントいただいて撮ったんですよ。非情にクールな女がね、金持ちになりたいってテーマでいこうと。
すごかったですよ、撮影は。すげえ会社の社長の家を借りて、ゴーゴーのシーンを撮ってるんですよ。俯瞰でもって、何十人も踊ってるやつ。台詞も、通な台詞があるんですよ。脚本がないからまいっちゃうんだけど、堕落がなんとかかんとかだとかね。ゴーゴー踊ってる金持ちの遊び人たちの会話だから、かなりひねった台詞があってね。ある意味、新しい台詞まわしの映画なんですよ。
ファッションショーのシーンも撮ったんですよ。早川プロからひとを呼んで、何十人かで撮ったんですよ。かわりばんこに女の子が出てきて、ファッションショーをやる。今のピンクじゃ考えられない撮り方やってるわけですよ。……でも、今見ると、ちゃちい、見られたもんじゃないだろうな。
やっぱり、演出技術の未熟さが露骨に出た映画だな、あれは。だから、見たくないんだよ……。でもね、昨日、考えても、どんな映画だったか見当もつかないんで、見たいなと思うんですけどね。

――真山ひとみ演じる少女はラストはどうなるんですか?

また使ったんですよ、「女王蜂」(『あばずれ』の暴行シーンを撮るときにつかったクラブ)を。
男に殺されるシーンがあるんですけど、それをどう撮ったかなあ。それを見て、関さんはね、ナベさんの感覚は面白いねえ、って言ってたけど、どうだったかおぼえてない。
とにかく階段から落ちるんだよ、女の子が。男はどうしたんだかなあ。ラストシーンは銀座の設定になってるんですよ。で、『情夫マノン』だから、インポの男が銀座の路地を女をかついで歩くっていうのをねらったわけよ。それで、その女が死んじゃうんで、銀座のどっかでおろして、ばっと抱きしめて泣くわけですよ。で、ビルの間から朝日がさして終わるという映画なんだよ。
……でも、それがねらいどおり行ってない記憶があるんだよね。
女の子はしたたかで自分の体をはって、そうして裏切り続けていって破滅していくという話でね。十七、八才の少女の恐いもの知らずの生き方みたいなものを魅力的に撮って、その悲しさみたいなものをねらったんだけどね。だまそうとする大人を逆に大人をだましてやるみたいな、そういった葛藤が、うまく撮れてないような気がするんだよね。

――話だけ聞くと、『あばずれ』の左京未知子演じる文枝(主人公の父を自殺に追いやり、財産を奪う後妻)を少女に置き換えた感じがしますね。

そういうふうにおれは考えてなかったけどね。でも、当時、そういう子は結構いたんですよ。可愛い顔して……、いわゆる新人類だよな。そういうのが頭にあって。それから、『マノン・レスコー』からちょっとパクると。だから、一番最後、少女をかついでいくシーンをね、それを最後の見せ場にしようと。でも、やっぱり、演出技術はともなってないんじゃないかなあ。

――渡辺さんはのって真山ひとみを演出してたんですか?

のってた。おれはのって撮ってんだけどね、今思うと、全部空回りになっているね。
上野動物園で、彼女が歩いてて、それをインポの写真家が一生懸命撮ってて。そこらへんを音楽カットとして、動物と少女ってことで音楽カットにして撮っているのがあるんですけど、やっぱり、(真山ひとみは)可愛かったし、かっこよかったからね。でも、若松孝二にひやかされたよ。今考えるとね、やっぱり頭おかしいかなあ。
あれ、全部フィルムのこってるのかな。だけど、恥ずかしいなあ。都会人監督、都会的センスの監督として撮ってやろうという、当時はそんな感覚があった。都会的なセンスで撮ってやるみたいなさ。でも、(演出技術が)全然ともなってない映画になってる記憶があるな。

――ずいぶんそのときもEX(エキストラカット)が多かったんですか。

EXは多かったね。キャメラマンがテレビのひとで早いんだよ、竹野さんとちがって。できあがりは、(額に手をあてて)ああッ……てなもんだよ。
それで、おれはね……、(急に声が小さくなって)その子にのぼせてましたからね。初号のときに来ねえんだよ。おれが「来ないなあ」って言ったら、スクリプターがさ、「どうしたんでしょうね?」って気つかってくれて。で、来たら、「あっ、来た。よかったですねえ!」って(笑)。
それがそのあとさ――これはカットしてもらいたいんだけど――、打撃を食ったのはさ……(以下、失恋の経緯が語られるがカット)。