『糸の切れた凧 渡辺護が語る渡辺護』

『糸の切れた凧 渡辺護が語る渡辺護』
(2011年・122分)

出演・語り:渡辺護
製作:渡辺護、北岡稔美
撮影:松本岳大、井川耕一郎
録音;光地拓郎
編集:北岡稔美
構成補:矢部真弓、高橋淳
構成:井川耕一郎
協力:渡辺典子、太田耕耘キ(ぴんくりんく編集部)、
淡島小鞠、荒木太郎、広瀬寛巳、向井淳子、映画美学校

2009年の秋、私の脚本で渡辺さんが撮るはずだった映画が製作延期になり、急にやることがなくなってしまった。
「渡辺さん、ぼーっとしていても時間のムダですから、何かしませんか?」
「するって、何を?」
「渡辺さんがいて、カメラがあれば、映画はできるでしょう。渡辺さんがカメラの前で自分のことを語ればいいんですよ」
というわけで、始まったのがこのプロジェクトである。

撮影は2009年12月にスタート。2010年3月までは週末のたびに渡辺さんの家で、4月以後は月一回のペースで映画美学校で行われた(研究科の授業の記録ということである)。12月に撮影は終了したが、あと一、二回の撮影が必要なようである。

プロジェクトの全体像は以下のとおり。
第1部:『糸の切れた凧 渡辺護が語る渡辺護』(2時間)
第2部:「渡辺護が語るピンク映画史」(2時間)
第3部~第10部:「渡辺護による自作解説」(30分×8本)
(第3部以後は、作品をいくつかの系列に分け、渡辺護が自作解説を行うという構成になる予定)

今日、上映するものはプロジェクトの第一部で、渡辺さんが監督デビュー作『あばずれ』を撮るまでのことを語っている(ちなみに、第1回ズームアップ映画祭で作品賞をとった『少女縄化粧』が『あばずれ』の時代劇版リメイクであることはあまり知られていないのではないか)。
と言っても、これは単なる序論ではない。なにしろ、二百本以上の映画を撮った男が自分の人生を語るのだ。その語り口が、映画と似てくるのは当然のことだろう。
たとえば、渡辺さんが語る1945年8月6日には、事実と異なる部分がある。しかし、遠くで起きたことが直感的に分かってしまうというのは、『おんな地獄唄 尺八弁天』でも、『谷ナオミ 縛る』でも見られたことだ。
つまり、第一部は、渡辺護が自分の人生を題材にしてつくった新作というふうに見ることもできるだろう。

渡辺護の演出については、たとえば、次のように書かれてきた。
「カツキチからカツドウヤへ転進する途上で演劇青年として叩き込まれたスタニスラフスキーシステムに始まる一連の古典的な素養は、ここでもまた自在に活用され切っていると言っていい」
(『日本映画テレビ監督全集』1988年版・キネマ旬報社)
「早稲大学演劇科から八田元夫演出研究所に参加。TV時代劇の出演などもこなしたことからか、今にいたるも、踊って(自ら演技の模範を示して)演出するというのも、マキノ雅広などのカツドウ屋を彷彿とさせる」
(別冊PG vol5『PINK FILM CHRONICLE 1962-2002 幻惑と官能の美学』2002年)
だが、文字でこのように書かれても、どういう演出なのかはつかみにくいのではないだろうか(「カツドウヤ」、「スタニスラフスキー・システム」、「踊って」、「マキノ雅裕」がどのようにつながるのかが見えてこない)。第一部『糸の切れた凧』が、渡辺護の演出をより具体的に探る試みの第一歩になっていればいいのだが……。

(井川耕一郎)